実践するドラッガー 思考編より

19世紀までは小さな工房や農家が製品を作って売るといった個人や家族などの小さな単位で社会は成り立ってきました。

20世紀になると企業や様々な組織が生まれ個人は組織を通じて社会に貢献するようになりました。組織の中では、仕事は分担して行われるため、それぞれに独自の知識が必要となります。こうして知的労働者と呼ばれる人たちが生まれ、肉体労働者に代わり社会の多数派となりました。知的労働者は、自ら考え、自ら行動します。そして、行動の成果を求められています。

「知識は本の中にはない。本の中にあるものは情報である。知識とはそれらの情報を仕事や成果に結びつける能力である。」としています。

資格を取得することは非常に重要です。資格がないとその知識を実践するスタートラインにも立てません。

資格を取ってからが重要です。身に着けた知識を使って介護現場の仕事に成果を出せるかが問われます。

私も理学療法士の資格を取って様々な修羅場を経験しました。

つらい経験を何度もしました。その中から何をつかめるかがその人の価値を決めるのかと感じます。転んだら何かをつかんで、また立ち上がれるかが問われるのではないでしょうか?

知識とは体系的なものであり、体験を通じた「実務」なのだとしています。

どんな仕事でも、この構造は変わりません単に知っている状態から分かった状態に持っていき、実際の行動を通じて仕事につなげていく。そのような能力を身に着けて初めて知識を得たというのです。

ドラッガーは知識を成果に結びつける行動を「成果をあげる能力」と呼び、経営者の条件で5つを挙げています。

①    時間を管理すること

②    貢献に焦点を合わせること

③    強みを活かすこと

④    重要なことに集中すること

⑤    成果を挙げる意思決定をすること

これは、経営者のみの条件ではありません。部下であっても「自分が経営者ならどうするだろう?」と日々の業務にあたることが求められます。

社会文明の発展は、私たち一人一人の知識の蓄積と活用にかかっているのです。

介護職も自ら考え、自ら行動しなければなりません。そして、行動の成果を求められています。

介護職の成果は何か、何のために資格を取るのか。資格で得た情報を本当の知識に変え、介護を必要な人に成果が挙げられているか常に自らを問い直してください。

 

P・F・ドラッカーに学ぶ介護ビジネスの倫理観

 

組織のマネジメントとは

マネジメント

今やあらゆる先進社会が社会組織になった。主な社会的課題はマネジメントによって運営される。永続的な存在としての組織の手に委ねられた。

現代社会そのものの機能がそれらの組織の仕事ぶりにかかってる。マネジメントなしに組織はない。組織が機能するためにはマネジメントが成果を上げなくてはならない。

マネジメントブームの中心になったコンセプト

①     生産性向上のための科学的管理法

②     組織構造としての連邦分権組織

③     人事管理

④     明日のためのマネジメント開発

⑤     管理会計

⑥     マーケティング

⑦     長期プランニングである。

 

マネジメントの2つの役割

企業をはじめとするあらゆる組織が社会の機関である。組織が存在するのは、組織自体の存在のためではない。

 一つ目の役割 自らの機能を果たすことによって、社会、コミュニティ、個人のニーズを果たすためである。

 二つ目の役割 組織は目的ではなく手段である。従って「その組織は何か」ではない。「その組織はなにをすべきか?」「機能は何か」である。

それら組織の中核の機関がマネジメントでマネジメントの役割は何かである。

①    自らの組織に特有の使命を果たす。すなわちそれぞれの目的を果たすために存在する。

②    仕事を通じて働く人たちを活かす。組織こそ一人一人の人間によって願望実現を果たす手段である。働く人を活かす重要な意味を持つ。

③    自らが社会に与える影響を処理するとともに社会の問題について貢献する。(社会問題の解決に貢献する役割)

存続と健全さを犠牲にして目先の利益を手にすることに価値はない。金儲けだけを目的にする組織は長くは続かない。利益とは原因でなく結果である。

マーケティング(顧客の欲求)イノベーション(新しい満足を生み出す)生産性の向上(顧客の創造という目的を達するには富を生むべき資源を活用しなければならない)

利益は以上の結果手にするものである。

利益は成果の判定をする基準である

利益は不確定性というリスクに対する保険である

利益はより良い労働環境を生む資源である

利益は医療、国防、教育などの社会的なサービスと満足をもたらす原資である

社会科学において自然科学におけるようなパラダイム以上に何を前提にするかが意味を持つ。自然科学のパラダイムは物質の法則で原則が解明されれば、その法則は余程次の新しい発見があるまでは変化しない。これに対し社会科学、人間社会には不変の法則はない。変化してやまず、昨日有効だった前提が突然間違ったものになる。

チーム型組織

1930年代の前提は

・マネジメントは企業のためにある

・組織には唯一の正しい構造がある

・人のマネジメントには唯一の正しい方法がある等

これらの前提は1980年代の初めまでは原則に即していた。しかし、今では無効、現実から乖離している。これらの前提を新しくしなくてはならない。

組織における5つの法則

①    組織は透明でなくてはならない

②    組織には最終的な決定権を持つ者がいなければならない。危機にあってはその者が指揮を執らなければならない

③    権限には責任が伴わなければならない

④    誰にとっても上司は1人でなければならない。忠誠の板挟みを避けるべきは昔からの原則である

⑤ 個々の人間にとっては同時にいくつかの組織的構造の中で働く。ある仕事はチームの一員として働く。自分の組織にとってはボスだが、他の組織とは合弁などの形でパートナーの一員となる。

組織とは一人一人の人間にとってあくまで道具に過ぎないということである。

それぞれの組織構造が最も適しているかを知っておかなければならない。

組織構造の純粋系だけでなく、混合型についても知らなくてはならない。

私の仕事は理学療法士だが病院の機能構造自体は経営陣に委ねている。私は一切の口を挟まない。

しかし、リハビリテーションの知識(制度、技術、その適応範囲、効果等)は病院の中で一番よく知っている。

医学全体の知識は医師にはかなわない。生化学検査、薬物の知識は乏しい。

医師の指導下にありながらも医師と話し合ってこの運動療法が有効であるという知識、理学療法技術を提供する。

P・F・ドラッカーの著書には、「知識労働者が誰の部下ということは有り得ない同僚である。自らの仕事については上司よりも詳しくなければならない。さもなければ無用の長物の存在になる。まさに組織の中の誰よりも詳しいことこそ、知識労働者のゆえんである」とある。

このことは我々、医療福祉専門職で重要だ。

医師、看護師、PT、OT、ST、薬剤師、介護福祉士、相談員、ケアマネでチーム型組織を形成するが、顧客のニーズに答えられるようにするためには常に自身の職種の研修会に参加し知識を更新しチームの原動力にならなければならない。

ドラッカーからのターミナルケアのヒント

ドラッカーの講義 1943~1989の冒頭で非常に印象的なことが書かれています。ナチスから迫害されたドラッカーはイギリスに亡命します。そこでケインズから講義を受けて「突然気が付いた。私が関心を持っているのは人の行動なのに、ケインズをはじめ、教室の聡明な学生が関心を持っているのは、生産物のほうだった」とファシズムが台頭するヨーロッパに別れを告げファシズムの台頭に鋭く切り込みました。どうすれば人間としての存在は可能になるのかという章では、死についてキリスト教からの倫理観を展開しています。19世紀には死がもたらす様々な帰結を総合的に整理することによって、死というものを解釈しようとしました。もし社会が人に対して社会の中だけで生きる能力を要求するのなら社会は人が死ねるように努めなければなりません。個人の生命が樹木の一枚の葉に過ぎないというのであれば、全体主義にとっては人は社会のために如何に死ぬかということになり、自国の敵を滅ぼすために命を投げ出すということが正義ということを肯定することになります。その中でデンマークの哲学者セーレン・キルケゴールの考えを紹介しています。人間としての存在は、信仰に身を置く存在として可能になるといいます。私は宗教に疎く信仰というものがどのようなものかは分からないのですが、信仰とは神の手にかかれば不可能なことでも可能になるという考え方です。信仰とは今言われているような、おまじないをすれば、幸運になれるとか、神秘的な力を得られるというものではないといいます。それは絶望や悲劇、長くて辛いそして絶え間ない苦闘を経験することによってはじめて得られるものなのだ。それは絶えず考え続け学び続けることの結果によって得られるとしています。誰でもそれに努力を傾けることができるし、そうすべきなのだ。と締めくくっています。私は宗教についてあまりにも無知なのでドラッカーの講義 1943~1989の冒頭の部分を完全に理解することができません。医療福祉は死からは逃げ腰では成り立ちませんターミナルケアは十分検討されるべき問題であると考えています。信仰というものはどういうものかということも私は答えられません。現在の医学は宗教的なものを排除しているからです。特に日本はそうです。病院や施設がある宗教に傾いていれば批判を受けるということです。日本はそういう意味でめずらしい国であると言えます。国民の殆どが、宗教をご先祖様を祭る、大晦日、元旦には初詣にいくというイベントでしか考えていません。私もその中の一人で前述のような深く宗教をもとに死を考えることはありませんでした。それが日本は宗教的な対立が全くない、オウム真理教くらいしか戦後は経験していません。宗教的な対立がないことは、日本の公安が如何に優秀であるかを証明していると思います。その反面、ターミナルケアの議論が不十分になっているのではないでしょうか。

私が何故、ドラッカーの言葉を引用するかですが、最近まで彼の著書を読んだことがありませんでした。マネジメント、経済は介護と無関係のように見えます。意見交換グループのメンバーの多くが苦しんでいるのは利用者さん、経営者などからの過剰な要求であったり、高齢化による医学では改善できない障害を丸投げされどうしたら良いか分からないという問題です。私も自身の職場の業務に追われ、私の所属する研究会の技術研修会の参加、認定試験への挑戦などで疲れ果てている状態です。そんな時、他の分野の本を読んだり、調べたりすることは頭を別の方向に使うので気分をリフレッシュするのに役立っています。

私は経済学に疎いので、ドラッカーの著書を読んで完璧には理解できません。今、「ドラッカーの講義 マネジメント、経済、未来について話そう」という本を読んでいます。その中で「知識は絶えず磨かれ鍛えられ、そして育まなければならない。怠れば衰退あるのみ」

というドラッカーの名言から始まります。スピーチで「私は長年歴史の研究に携わっていた」と始め、歴史家にとってのミステリーの一つとして、200年あるいは300年ごとにいきなり世界が激変する。現代という時代は1973年に始まっていて、その歩みは極めて速いと述べていて、ソビエト連邦の崩壊、ベルリンの壁が壊されドイツが統一される、中国が台頭しアジア圏で極東の統一経済圏の中心的な存在に成長することなどを予測し見事に全て的中させています。もう一つニューディール政策のような効果をあげた政策は、1950年以降何一つないと述べています。それはアメリカだけでないのだが日本だけは例外だったが現在では機能停止に陥っている(この本は2003年までのドラッカーの講義内容なので、ここれからは私の推測です)と現在ニュースで報道されているようなユーロ圏の危機、世界経済の混乱、今話題の財務省の行き詰まりなどもその延長線にあると私は感じました。ドラッカーの経済に関する知識は膨大でとても私が語りつくせるものではありません。しかし、彼の徹底的に調べ上げ、裏付けられた著書の数々は出版された当初かなりの批判を浴びて「ドラッガーはもうろくしてぼけたのか」との意見にもさらされました。しかし、前述のように殆どの予測を的中させています。私は数冊を読み漁っただけで偉そうなことは言えないのですが今後を予測する力「政府が何をすべきなのか」「政府に何ができるのか」の問いかける姿勢は医療福祉職の我々も見習うべき点が多々あると思いました。過去の偉人たちが残した名言は、読み手が少し捉え違えても、読み手に勇気を与えてくれたり、今まで悩んでいたことの解決に役立つことが多々あると思います。ドラッガー自身の意図とは違っているかとは思うのですが、介護保険施設が社会に与える影響を考えるのによいヒントが沢山詰め込まれていると思います。皆さんも本を読み流しても印象的な言葉に出会い今後の自分の未来について役立つことが必ずあると思います。

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